VIOLINと音楽とうさぎと教室での毎日を綴ります。
ホームページはhttp://mariko.agora-mc.comへ
京都・奈良から発信ちゅう
« PLAY BACK(10/1) | メイン | 家庭的な幸せは望まないこと »
10月の出番がひと段落した。
11月に向けての準備やレコーディング等も始まるが、
なにはともあれ昨夜の佐合井マリ子ライブはとても楽しかった。
しばらく立て続けだった出番が終わり、考える時間が出来た。
Kapustin - Impromptu Op. 66 No 2
http://www.youtube.com/watch?v=2Xht5tUg3K8
あまりモダン・ミュージックを好む性格では無いのだけれども、
ニコライ・カプースチンの音楽は衝撃だった。
アバンギャルドなようでクラシカル、
カプースチンというカテゴリを作り上げられたのは彼の作曲センスに付随する抜群のリズム感とテクニックあってこそのもの。
どれが欠けてもいけない、
どうしてそんな色々な事がこの1人の人間の中に詰まっているんだろうと思うような偉人は多いけれども、彼もそういったタイプに属する作曲家だと私は思っている。
ソビエト時代にジャズピアニストとして活躍した彼が発表した作品は幅広い。
2006年8月現在までに、作品番号は130を数えるまでになった。
彼の何が面白いって、楽曲をきちんと楽譜にしているということだと思う。
あまりに即興的なものだから、想像がつかなかった。
(ジャズヴァイオリンの楽譜は非常に少ない。日本で出版されているものなんて本当に数える程しかない。
かのグラッペリの演奏はじめラカトシュ家のジプシーヴァイオリンもファンがあれだけ多いのに関係する楽譜はほとんど無い。特にジプシーヴァイオリンの名門ともなれば師匠が演奏したものを聴いて、見て覚えなければいけないという形態を貫いている。つまりは「覚えられんのだったら弾くな」ということだろうけど。
確かに、こういう即興的音楽を五線で追うというのもおかしいといえばおかしいかもしれない)
premodarnの香りが好きな私は、先日サン=サーンスの交響詩「DANSE MACABRE-死の舞踏-」を演奏してきた。premodarnなんて言うと近大音楽が大嫌いなロマン主義のサン=サーンスは怒って電話でも掛けてくるかもしれないが、まあまあそういったことは抜きにして本当に素晴らしい曲だなと思う。
サン=サーンスの、博識ゆえの嫌味な性格は有名で、
アルフレッド・コルトーに向かって「へぇ、君程度でピアニストになれるの?」と言ったという話もある。
先日得た情報ではサン=サーンスが「序奏とロンド・カプリチオーソ」を捧げたヴァイオリニスト、サラサーテも「2時間以上ヴァイオリンを練習しなければならないような人はヴァオリニストになるべきでは無い」とのたまったとか。
さて、そんなサラサーテの言葉を鵜呑みにしては今すぐにヴァイオリンを止めなければいけない平々凡々な私は、これからのmodarn violinの行く末に期待を寄せている。
葉加瀬さんのヴァイオリン・サミットをはじめ高嶋さんのプロジェクトも始まった。
私が見習うべき人は国内・国外隔てなく非常に多い。目指すものがあることは有り難い。
国内のそういった方々が刺激を受ける機会を増やして下さることはもっと有り難い。
そんな中私は、ただぼんやりと、愛するヴァイオリンを鳴らすだけでなく、強い意志を持って行動を重ねたい。自分に出来ることを探してどんどん挑戦していきたい。
ただ、自分の中の傲慢さと焦りに打ち勝つ、芯になるものがまだまだ脆い。
今年もあと二月半。課題は多いが充実している。人にも恵まれている。
まずは、デール・カーネギーの言葉をもって今日を過ごしたい。
「今日という日は、悩みや後悔の硫酸で腐らせてしまうには
あまりにも貴重な日だ。
頭をしっかり上げて、山の渓流に反射する光に考えを輝かせよう。
今日という日をしっかりとつかまえることだ。
二度と帰ってこないこの日を」
さーて、葉加瀬さんのチケットとってこよっと。
このエントリーのトラックバックURL:
http://www.agora-mc.com/blog/mt-tb.cgi/162