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<広島原爆>カメラのフラッシュ「今でも恐怖がよみがえる」
「カメラのフラッシュは嫌い。恐怖がよみがえる」。広島市の故谷本清・広島流川教会牧師が1948年、原爆被爆者に実施したアンケートの回答者の一人、吉村博光さん(79)=神奈川県藤沢市=は、フラッシュで写真を撮られると、今も焦土の光景を思い起こすという。旧制広島高校1年の時に受けたアンケートでも、マグネシウムのような閃光について「この光は嫌い。心臓がドキドキする」と回答していた。61年たっても心の傷は癒えていない。
45年8月6日、吉村さんは学徒動員先の軍需工場の寮から、広島市内の実家へ一時帰宅する途中、爆心地から約1.5キロの千田町(現広島市中区)で被爆した。路面電車を降り、実家のすぐ近くを歩いていた時、まばゆい光とごう音がしたかと思うと、目の前が真っ白になり、その場にうずくまった。メリメリという家屋倒壊の音。両側からあられのように落ちる瓦で、首まで埋もれた。
吉村さんは軽傷で済んだ。両親も県北部に疎開していて無事だったが、建物疎開作業中の4歳下の妹恭子さん(当時14歳)は大やけどを負った。猛火をぬって帰宅した恭子さんは、顔や手の皮がむけ、はがれたつめがぶら下がり、妹と分からないほどだった。「お兄ちゃん、ごめんね」。以前のけんかを謝りながら、翌朝亡くなった。
吉村さんも被爆後3カ月間、下痢が続いた。大学卒業後、生命保険会社で72歳まで働くことができたが、7年前に胃がんになった。「原爆症の心配はずっと離れない」と語る。
吉村さんは被爆前から広島流川教会に通い、谷本牧師を「人柄がよく優しい方で、信者に慕われていた」と記憶する。だが、アンケートについては覚えていないという。
対米感情へのアンケートでは「別に何という感情は起こらない」と回答し、今も「妹を失ったことで、米国を恨んでも仕方ない。許しの気持ちを持たなくてはいけない」と言う。だが、核を持ち続けていることに対しては「自国民を原爆で失ってないから、その罪がわからない。人類を滅ぼす大きな罪を犯しているんだ」と厳しい口調になった。【大沢瑞季】
(毎日新聞) - 7月24日3時9分更新
対米感情の下りに説得力がある。
妹の話は辛すぎる。
さて、総裁選にむけて政界が賑やかですね。
8月が終われば9月ですからね。
福田氏離脱後対抗馬探しが始まったかと思いきや新内閣の構想が練られたり、民主の動きも活発。
福田氏の靖国参拝等外交への言及、
「トップ同士も感情的だし、国民もお互い感情的。これは最低ですよ」。
個人的には福田氏の物言いが好きです。
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