格差

先日知人のところで見た日記が面白かったので一部拝借します。
彼も他の方の日記を読んでから書いたそうですが、

「個人的には、経済的な格差(生活水準の格差)が広がることはなんとも思いません。それより、教養機会の格差が広がるのは いただけません。」
という意見。なるほど同感。前後を抜いてしまうと良く分からないかもしれませんね、ごめんなさい。

私個人の意見を述べると教育機会の格差に関しては悲しいことですがもう遅すぎますね。

そういえばある夜間高校の教師(そこそこ年配)と同席する機会がありましたが、彼は「家に金が無くて働きながら学校に来ている生徒へ、教科書等を援助する制度が撤廃された」と話しておりました。
詳しくは知りませんが、その地域ではそうなったんだとか。
ちなみに彼は「おれは教育委員会のやり方が嫌いやから辞めることにした」とか。辞めるんかい。
あ、話がズレて申し訳ありません。

なんちゅーか、何れかの問題に対して危機感が波のように引いては返す今の社会状態ではどうにもなりませんね。
危機感が時として「どーにかなるんちゃうん」に変わり得る間はそりゃあほんとの危機じゃないとみていいでしょう。

ちなみにもう既に「教育」のフォームが崩れている現在、教養云々、教育機会云々よりも先に個性の格差(上手く表現できません)が広がっておるようですので、これからは大変になる一方でしょうなぁ。

投稿者:mizuno 2006年04月22日 22:00

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.agora-mc.com/blog/mt-tb.cgi/94

コメント: 格差

教育もさることながら『親の質』『先生の質』が問題なのかもしれない。勉強が出来た人だから質の高い先生とは限らない。頭がいいのに子供の育て方がいびつな親もいる。その相乗効果は計り知れないものがある。紙上卓上だけで結果を判断してしまうと恐ろしい結果が待っている。勉強が出来る出来ないではなく、人生の先生、先輩が見つけられることが本当はいちばん重要なのかもしれない。

投稿者 ニッパー : 2006年04月24日 01:11

コメントしてください




保存しますか?