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2005年09月のアーカイブ
リンクにもあるように、私の母は健常の子どもと、知的障がいを持った子どもや大人に音楽を教えています。
私が生まれる前から今までずっと教え続けておりますので、
私は彼らが傍にいて当たり前、身近にいて当たり前の生活をしてきました。
障がいを持った子どもの御両親、御兄弟、そして大多数の、そういったことが身近でない方々、どなたとも違う視点から彼らを見ていると自分では思っています。
どういった視点だと聞かれると難しいのですが…上の文は適当に流しておいて下さい。
昨日の夕方、母が珍しくわあわあ言い出したので聞いていると、話は次のようなことでした。
「ともくん(母の生徒)、最近ものすごい頑張ってやってな、
両手使ってピアノ弾くようになってきてんで!」
ともくんは私にもなついてくれる小学校高学年の男の子です。
「ほんまに!すごいやん!」と、うれしくなりました。
彼らは読み書きが苦手なように、いろいろな物事を複合して行うことが困難です。
そんな彼らがピアノを両手で弾こうとするって、凄いことです。
「でもな、ともくんピアノ弾きながらずっと喋りやんねん。
”ともくんなんか、はばたきに帰れ”
”ともくんなんか、はばたきに帰れ” って言いやんねん。
普通学級の子に言われるんやろうなあ、それを覚えて、自分で何度も言うんよ」
はばたき学級は、私の母校である小学校の障がい児クラスのことです。
はばたきの子どもたちは時々、普通学級の子どもたちと一緒に過ごします。
「ともくんのお母さんは笑って
”みんなに言われてるんでしょうねえ”って言いはるけど、
私涙出てきて、たまらんかって…」
いわゆる健常者が、障がいを持った人を理解することは不可能です。
突然「大切にしなさい」だとか「同じ人間なのよ」と言われても子どもたちは理解できないでしょう。染色体がどうだとか、何がどう自分と一緒で、どう自分と違うのか分からないんですから。
何だか腫れ物にさわるような、もしくは偽善を覚えさせるだけの教育が横行しているように感じます。
それさえ無ければ、簡単に「はばたきに帰れ」と言えてしまうものなんですね。
私が小学生の頃、今と同じような気持ちになった事がありました。
ある障がいを持った子の妹が、「お前の兄ちゃんアホなんやろ」と言われたと問題になった時です。
彼もまた母の生徒で、やはり私は良く知っている男の子でした。
その時の先生の注意は今もはっきり覚えています。
「そんなん言うたらあかんのよ」
こういった場合に限らず差別というものは決して無くなるものではないでしょう。
でも
「帰れ」と人に言われた言葉を自分で繰り返してしまう我が子を見た母親、
ただ生きているだけで差別の対象になってしまう彼らを守ろうとする家族、
せめてそういった人の事を少しでもいたわる心が持てないものでしょうか。
受け入れられない、出来れば関わりたくないという人がいるのも仕方ないでしょう。
理解出来ないことを話したり、行動が大胆な彼らですから、歯止めが利かずに腕をひっぱったり噛み付いたり。そうなると尚更近寄りがたいというのも確かにあるでしょう。当たり前です。
ですが何があっても、どんな理由があっても、
私にとって、言葉で彼らや彼らを守る人たちを傷つけることは、許すことの出来ない行為です。
自分に理解出来ない何かを背負った人間に対して、失礼なことを言うべきでないと言いたいわけです。
ああもう、「そんなん言うたらあかんのよ」で何が伝わるというのでしょう。
妙に熱くなってしまいましたが、日の浅い出来事ですのでお許しください。
後に自分の発言が恥ずかしくなった時は削除させて頂きます。
今回は、これにて。
ブライダルシーズンの秋です。
何故秋に結婚式が多いのかと言いますと、涼しいのはもちろん、統計的に雨が少ないからなんですね。9月はまだ台風が来ますけど、11月が1年のうち一番雨の少ない月だそうです。
最近演奏に行かせて頂く式が増えまして、トップに書いた通り昨日も2つのホテルで弾いて来ました。
その一つが某国際ホテルの「スカイチャペル」と名のついた屋上で、屋根も何もありません。台風17号の影響だと思われる風を受けながらリハーサルを行いましたが、…突風!突風!バイオリンが飛びそうになりました。
ベールアップしてないのにベールがめくれあがっとったりしてね。あかんやんね。
そんなこんなで聖歌隊やオルガンの方とブーブー言いながら本式に臨みました。
新婦とお父様が入場され、新郎が迎え、二人で牧師のもとへ進むとき、
新郎のお父様は亡くなった奥様の遺影を抱き涙ぐんで、
新婦のお母様、ご姉妹は離れた私の席からでもわかる程ポロポロと涙を零されていました。
新郎・新婦お二人ともが家族に愛され祝福されているのが痛いほど伝わり、
それを受けてか新婦はベールの内側で誰よりも涙を流しておられました。
式を進める側がもらい泣きなんてとんでもないのですが、思わずグっときてしまい涙を必死でこらえていたところ…涙ではなく鼻水がでそうになりました。
ありますよね、そういうこと。
ほんと、やりがいあります、このバイト。
「砂漠の摩天楼」と呼ばれるイエメンの代表的な摩天楼都市・シバームです。
イエメン共和国はアラビア半島南部にあり、首都はサナア。
宗教はイスラム教で、コーヒー・綿花・皮革品などを産出している国です。
1918年にオスマントルコから王国として独立し、
1962年に共和制になったイエメン‐アラブ共和国(北イエメン)と
1967年に英国から独立したイエメン民主人民共和国(南イエメン)が
1990年5月に統合してできたまだ新しい共和国です。
おっ、歴史の教科書みたいになりましたね。
先日テレビで紹介されていたイエメン。このシバームの建物はすべて泥で出来ているそうです。
建物は上の階に行くほど狭くなり、組み立てる泥のれんがも上にいくほど小さいものになっていきます。
密集して建てられた家々を厚い泥の壁が囲んで出来ているシバーム。
ここはいわゆる砂漠のオアシスで、古くより旅人の重要な休息地として機能し、今もその役割を果たしています。
なんとこの街、日中は40度を越える暑さ。昼過ぎの町はみんな家の中で休んでいるので路地には人影もなく、出会うのは放し飼いにされている山羊とロバだけというのが日常のようです。街を出た道路ではラクダに出会うことも。
この地の人々の家屋には水道も電気も通っており、比較的近代的な環境が整っています。
女性はめったに家から出ず、男性とは違う階で生活するというような生活が今も根強く残っているのは他の地域でもよく耳にしますが、ここも例外ではありません。
「女性が顔や肌を見せることは恥ずかしいこと」という思想は、イスラムの伝統ですね。
テレビで紹介されていた女性も、目さえ出るかでないか、とにかく黒ずくめでした。
(…家の中ではいろんな服でオシャレするらしいですよ!)
見渡す限り砂色のオアシスは、現在外務省から渡航延期勧告(危険度3)が出されています。治安があまり良くないらしく、少なくとも夜は外を出歩けないとか。
私の目にはとても魅力的に思えるこのオアシス、是非いつか足を運んでみたいものです。
ひろきくんの初舞台、大成功でした!
堂々とした演奏、よくがんばりました。
他の写真なども「picture」でご紹介しようと思います。
出演された皆様、お疲れ様でした。
ちなみに、私の髪は切ったわけではなく、まとめて後に隠してあるだけです('▽')y
おろせば肩胛骨(けんこうこつ)あたりまであるんですよ。
写真を見て、髪切ったんかいなとお電話下さった方がおられたので、補足でした。
え?ぼさぼさ?
ちがいますよ、ちがいますってば
私の生徒、ひろきくんの初めての発表会が2日後に迫りました。
今日お母様にメールをしたところ、なんともいえないかわいらしい様子の返事が返ってきました。
「メールありがとうございます。
今朝は玄関先で虫かごに入れたバッタに向かって弾いていました。
弾き終わって、「どうでしたか?」とバッタにきいていました…」
そんなひろきくんは4歳。
1分程もある曲を1週間で暗譜した筋のいい子です。リズム感もバッチリ。
その愛嬌で発表会がんばってもらいましょう、お客さんをバッタだと思って!
一枚の紙を大胆に、繊細に、切って描く。
切り絵画家、久保修さんの作品展を見に行きました。
久保さんは旅をしながら、風土を題材に切り絵を作っておられます。
![]()
「時空を越えて 切り絵の世界」という副題の通り、決して広くはないブース内は彼の旅した国々の風景が時空を越えて共存していました。
紙だけではなくもちろん絵の具で色をつけたりしている作品もありますが、そのタッチはとても好感の持てるもので、一枚一枚が物語を持った挿絵のようでした。
残念ながらホームページでは作品が少ししか紹介されていないのですが、紹介させて頂きます。
「久保修 ホームページ」
http://www6.plala.or.jp/SHU/index.html
というタイトルのCMを見つけました。
携帯ってこんな素敵な使い方があるんですね。
http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=17611
リンク先の画像をクリックしてお楽しみ下さい。
そういえば私はこれまで二度トイレに携帯を流しました。
今どこにいるんだろう…
私の高校時代の同級生が子供を産んで早や1年以上が過ぎました。噂を聞くばかりで実際に会いに行ったことはないのですが、同じような歳の子供を見ると不思議な感じがしますね。
つい2,3年前まで同じ教室で同じように生活していた友人が、もう母親になって一人の人間を育てているなんていまだに実感が湧きません。何といっても子育てがどれ程大変なのか予想もつきませんから。
つい先日ある雑誌で「わが子が10円玉を拾ったら交番に届けさせるべきか」というタイトルのコラムを読みました。筆者は幼児学習施設を経営しておられる正司女史。そこにあった文章をお借りして紹介致します。
「子どもには交番に届けましょうと言いながら、親は拾った10円を交番に届けるでしょうか。おそらく、届けませんよね。警察に届けるということは頭ではわかっているけれど、それが現実とは結びつきにくいわけです。 では、いったいいくらであれば、拾ったお金を交番に届けることが現実的といえるのでしょうか。500円?それとも1000円? 1万円? もちろん、正解はありません。お金の価値観も人によって、さまざまです。道徳的に考えれば、金額じゃないわけですが……。 10円を拾ってきた子どもに対して教えなければならないこと、伝えなければならないことは、とにかく、その10円は、あなたのものではなく、人のものなんだということだと思うのです。」
他人と自分の距離が測り難い曖昧な世の中、物を大切に出来ない、人を大切に出来ない人間が増えていると様々な場面で色々な方が嘆いておられます。子供たちに伝えるべき事は多く、これからの時代に母親となるであろう私には、上にご紹介した文章はとても印象的でした。
正司女史はこのように続けます。
「私が教えている幼児教室では、忘れ物を取りにこないお母さんが増えています。子どもたちに「ものをなくしたらどうするの」と聞くと、「買ってもらう」と答える。「探す」という答えじゃないんです。親が、ものをなくすことがどういうことなのかを子どもにきちんと話していないんですね。だから、子どもも必死で探そうとしない。
私は自転車や傘の盗難が多いということと、それとは無関係ではないような気がします。これぐらいだったら盗ってもいいだろう、盗られてもいいだろうと思う気持ちが、盗ったほうにも盗られたほうにもある。腹は立つけれど、盗られたほうにそれほどショックがないのも問題なんです。ものをなくしたり、ものを盗ったりということが簡単になっているということは、そこから生じる痛みがお互いにわかっていないということなんです。
最近はコンビニに行くと、レジの前に募金箱が必ず置いてあります。私の友人は小銭を拾ってきた子どもに対して、それは人のお金であるということ、そして持ち主がわからないためにその人に返すことができないということ、人のものだから自分のものにはしてはいけなということを教え、それならば困っている人のために役立てましょうと、募金箱に入れるよう話しているそうです。10円を拾ってきた子どもに対する答えは、これがいちばん現実的だと思います。」
正しいことやこうすべきだということを教える事は難しく、実行することも難しいですね。先ずはその判断自体が難しいんですから。
難しいけれど、これから育てる立場に立つであろう年代の人間が、教えること、考えること、思いやることを放棄せずにいるような社会であって欲しいと思います。そして間違ったことは間違っていると言えるように。
私の同級生である彼女はもう既にパートナーと別れ、シングルマザーをしながら学生を続けているそうですが、明るく生活しているという話を耳にして安心しました。元々明るく活動的な子でしたので、あのパワーで乗り切っていってくれることを陰ながら期待し、そして応援しています。
選挙が終わり、朝からその話でもちきりですね。
みなさま投票には行かれましたか?
私は演奏旅行のため、当日には行かず期日前に投票を済ませました。
今回の選挙では女優の水野真紀さんのご主人である後藤田氏が出馬しておられ、そのお二人のお話がヤフーのトピックスに載っていたのでご紹介します。
選挙云々とは関係無く、素敵だなあと思いましたので…
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050912-00000003-sph-ent
水野真紀さんとは誕生日が同じ日で、名前も似ているので、
ちょっと女優さんの中では贔屓してます。我ながら単純!
幸せに過ごされているようで嬉しい限りです。
去年9月の日記を見つけました。以下はその中の文章です。
……………………
(ニューヨークからデンバーへ向かう飛行機の中で)
今は外の雷雨のせいかひどく不安な気持ちで書いています。
大きなハリケーンが次から次へとやって来ているらしく、
何とか接触せずにすんでいた私もいよいよご対面のようです。
この機内で流されている映画はタイミング良くday after tomorrowで、
ますます乗客の不安をかきたててくれています。
この夏日本の台風や、アメリカでのハリケーンで人々が命を落とし、建物は壊れ、街が水に襲われました。
日本の自宅にいた時には大きな地震が何度も起きて、私はもう地球の最後が近づいているのかと思いました。
私がおばあちゃんになった頃どうなってるんだろう、
そんなことを考えていると、大切な人たちとの時間に限りがあることに気づき胸が苦しくなります。
寂しい思いと、ああ今自分は幸せなんだという思い、両方が交差して。
外はまだハリケーン・アイヴァンの嵐が続いています。
そしてそして、機内の映画はクライマックスに。
実はこの便はまだ空港から動けなくて、私たち乗客を座らせたままじっとしているところ。
かれこれ2時間半かな。暇!
アイヴァンの後に来たハリケーン・ジーンによって2000人を超すたくさんの方が亡くなられました。心よりご冥福をお祈りします。
……………………
去年の日記に加え、今年のハリケーンで亡くなられた方々のご冥福をお祈りいたします。
先日ある雑誌で、少子化についてのコラムを読みました。
コラムを書いていた方の名前を忘れてしまったのですが、そこには自民党衆議院議員の野田聖子さんのお話が載っていました。
男性政治家が多くを占める国会の中で、野田さんが一女性として歩んできた「不妊治療」の体験談がhttp://www.medical-tribune.co.jp/ss/2004-9/ss0409-3.htmこちらに載っています。
先にご紹介したようなコラムの中でよく議論されるのはやはり、
世の男性の多くが今だ少子化をわがままな女性のせいだという意見を多く持っている事を問題視するものと、
男性に女性の説明し難い生態をいかに理解してもらうかということ、
つまりは男性と女性の感覚の隔たりをどうやって緩和するかということなのですが、
これについて両性が分かり合えることは、きっと無いと思います。
女性の立場としてこういった問題ほどもどかしさを感じるものはありません。
少子化問題についてこの場で議論するつもりはありませんが、
私たち女性の身体の中で無意識のうちに起こるサイクル、無意識のうちに崩れるホルモンバランス、それに戸惑う思いを読み物でご紹介したいと思います。
以下のリンク先をご覧下さい。
大切な女性がいる男性も、大切な男性がいる女性も、
すべての人に身近なことでこの「性別」というものを感じて、深く考えて頂きたいと思います。
お互いの辛さが体感出来なくても、少しでも思いやれる為の知識になれば幸いです。
http://nayami.spaspa.jp/pms.html
http://internet.okweb.jp/kotaeru.php3?q=915533
(上記二つ共PMS「生理前症候群」の記事です)

旅の最終日、島をうろうろしていると色々な人に出会いました。
写真はおばあちゃんたちの休憩所。
みんなわーわー喋っておられましたよ。
元気やなあ。
海岸沿いにはビーチはもちろん無料のプールもあり、貸切?と思うほど空いていました。
夏休みと言えど平日だからでしょうか。
そして歩きつかれた頃に次の定期船を待とうと喫茶店に入り、
「ソーダ水ください」と言うと写真右のトロピカルなソーダが出てきました。
夏ですからね、これぐらい青くないとっ!!
素敵な旅でした。

そして答志島での夕食は写真の鯛をはじめ、
サザエ・タコ・伊勢海老・大アサリ・天ぷら・そば・もずく・赤魚の煮付けなど、なんだかもう何匹食べたのか分からない程食べました。
1日目は兄と鳥羽で赤うに・ホタテ・いか・たこ・ぶり・いくらのモリモリのった海鮮丼を食べて、2日目の朝もその近くで大アサリやサザエ、イカ焼きなどを食べました。
これ自慢ですよ!うしし
ちなみに2日目までは兄も同行、食事にはもちろん、旅に満足してくれたようで、嬉しい限りです。

ここは最終日に宿泊した旅館からの景色です。
敷地内にちょっとしたビーチがあり、同じ日に泊まっていた家族が海水浴をしていました。
ちなみにこの答志島へは、鳥羽から市営定期船で20~30分。
同じ船に、島の子だと思われる女子高校生が何人か乗っていました。
彼女達は海自体が珍しくてはしゃぐ奈良人の私を尻目に、疲れた様子で寝入ってしまいました。
http://www.kintetsu.co.jp/senden/Database/TO-Htm/to0001.html